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2021年1月17日

海外ニュース:ネパール隊が冬期K2登頂に成功

*山研と関係ない海外ニュースです。

ネパールチームの10名が、1月16日(土)にK2に登頂したというニュースが入ってきました。


メンバーのうち9名はシェルパ。
そしてなんと、そのうちの一人Nirmal Purjaは、無酸素での登頂となりました。



すご・・・
これまで、K2の冬期登頂を多くの隊が狙っていました。
(2017年12月に私は蝶ヶ岳講習から戻ってきた夜、ポーランド隊が撤退というニュースを聞いたのを思い出します。)

今回の登頂はまさに歴史に残る快挙でしょう👏👏👏👏

この登攀はメンバーが逐次SNSでアップデートしていたので、世界中が経過をみまもっていました。
私のインスタフィードは今、このニュースとおめでとうの言葉であふれています。
成功をみんなが喜び合う山の世界の文化が私は本当に本当に好き。


一方で悲しいニュースも入ってきました。
無酸素ですべての8000m峰登頂を目指していたスペインのクライマーSergi MingoteがC1から下山中に滑落して亡くなりました。
これまでにエベレストに4000名登頂していますが、K2は367名しか登頂していない(2018年6月時点)という事実を踏まえると、これだけのクライマーが命を落とす難しい山ということがよくわかります。Sergiはロックダウン中のスペインでも万全のトレーニングを積んでいて、とてもいいコンディションで臨んでいたということです。

ネパール隊は、現在C3まで下山中(1月17日日本時間深夜時点)。無事にベースキャンプに下山するまで引き続き見守りたいです。
(追記:その後全員ベースキャンプに下山したとのこと)

世界中が大変な中、前に・上に進んでいる人たちがいる。そんなニュースに私も元気づけられ、私もがんばるぞ!と思える嬉しい嬉しいニュースでした。

山研委員 わだこ記

2020年11月30日

イベント告知:エベレスト初登頂の謎に挑む「山岳史上最大のミステリー– マロリーとアーヴィンを捜して- 」

またまた、上高地とも山研とも関係ないのですが・・、Zoom講演(無料)のお知らせです。

以前ご紹介した、ジョージマロリーのこと・・(過去記事

マロリーとアーヴィンの1924年の登攀物語は登山の話という以上に、未知のものに立ち向かっていく冒険物語として心ひかれます。それが悲劇で終わったのならばなおさら・・。

さて、1999年にマロリーの遺体は発見されましたが、アーヴィンはまだエベレストで一人眠っているわけです・・。

そして、なんと驚いたことに、未だにこの謎を追い続けアーヴィンを捜し続けている人たちがいるという!!

2019年には私が知る限り、ナショナルジオグラフィックと、アメリカのディスカバリーチャンネルが捜索の遠征隊をだしていたのです。

で、長くなりましたが・・・マロリーを発見した1999年から2019年まで複数回捜索のためにエベレストを訪れた経験をもつ、米国のJake Norton氏を招き、Zoom講演を開催します。

なんと・・お茶の間でも大人気の天国じじいこと貫田さんもオープニングで挨拶くださる予定です。貫田さんは、マロリー等のストーリーにどんな思い入れがあるんでしょう。気になります。


今回は初めての通訳つき・海外ゲストを招いたZoom講演です。主催者のわたしたちJACも少し冒険しています。



エベレスト企画第3回「登山史最大のミステリーマロリーとアーヴィンを捜して-

当時の発見メンバーが語る執念の遺体捜索(逐次通訳付き)

(終了しました)

<日    時> 12月5日(土) 午前10:00- (最大2時間を予定)

<形式> Zoomを利用したインターネット上のセミナーです。

お申し込みはこちらから。

スピーカープロフィール

講師:Jake Norton

クライマー、写真家、映像作家、ライターであり、世界各地で講演も行っている。これまでエベレストに3回登頂、1999年にはジョージ・マロリーの遺体を発見したチームに登攀メンバーとして参加。映像作家としては、これまでに手がけたドキュメンタリー映画が3度受賞、2020年にはDiscovery のテレビ番組でマロリーとアーヴィン捜索を題材とした番組制作を手掛けた。国連の山岳パートナーシップのアンバサダーとして世界各地で山や山岳コミュニティを代表して講演も行っている。現在、米国コロラド 州Evergreen在住、2児の父・愛妻家でもある。




通訳:笹生博夫 

BBCなど外国TV局のニュース、ドキュメンタリー番組の取材、プロデュースに従事。外国特派員協会会員 通訳案内士。山岳関係の通訳実績:田部井淳子氏の海外講演や外国メディア取材通訳の他、ヒラリー卿、ダグ・スコット、クルトディームベルガー各氏の来日講演の通訳。登山歴は50年以上、現在は山スキーを中心に国内外で山行、 山岳スキー競技日本代表監督 山岳スキー 国際連盟公認審判。JAC会員、公社日本山岳スポーツクライミング協会山岳スキー委員長。

山研委員 わだこ記

2020年10月31日

(youtube公開中)気候について考えよう:オンライン講演「エベレスト気候変動」

上高地も秋が深まり、そろそろ冬山シーズンの到来にワクワクしていらっしゃる方も多いかと思います。

一方で、上高地や山の気候が年々変わってきていることも、山を愛する方なら肌で感じていらっしゃることでしょう。

日本山岳会の会報「山」2020年4月号では、大町の山岳博物館館長 鈴木啓助氏が寄稿し、上高地の降雪量を梓川の水量から解説してくださっています。


「山に降る雪はどうなるのだろうか - 上高地に降る雪の量は増えている?」


ここ数年スキー場運営を悩ませる小雪が懸念される中、日本の山岳地帯では積雪量が減ることは考えられない、という内容です。

こちらから読めますので、ぜひご覧下さい。


一方で、昨年9月にIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change、国連気候変動に関する政府間パネル)はレポートを発表し、ヒマラヤを含む高い標高の山岳地帯について、気候変動がもたらす氷河の後退(そして消失)について警鐘を鳴らしています。氷河がとければもちろん川の水量が増えて洪水が起きますし、地域の農業にも影響を与えます。



出所:https://report.ipcc.ch/srocc/pdf/SROCC_FinalDraft_Chapter2.pdf



さてさて、前置きが長くなりましたが、日本山岳会のオンラインイベントのお知らせです。

これは、日本山岳会の120周年記念事業およびエベレストの日本人登頂50周年を記念したプロジェクトの一環で開催します。

この50年でヒマラヤの気象や氷河にどんな変化があったのでしょう?気候変動は、今後のヒマラヤ登山にも大きな影響を与えることは避けられないでしょう。

超豪華ゲスト(下記ご参照)がヒマラヤの気候最前線をご紹介くださいます。


遠い遠い(そして高い)ヒマラヤの話ではありますが、上高地を愛するみなさんにも関心が高い分野と思い、本ブログで告知させていただきます。

「エベレスト気候変動」

-ヒマラヤ気象予報最前線と氷河の行方-

【11/11追記】
イベントは無事開催され、多くの方にご参加いただきました。
当日の講演はこちらからご覧いただけます。






<日    時> 11月5日(木) 20:00- (最大2時間を予定)

Zoomを利用したインターネット上のセミナーです。

お申し込みはこちらから。

(登録いただいたメールアドレスにZoomへのリンクが届きます。)

講師:飯田 肇氏(富山県立山カルデラ砂防博物館学芸課長)、猪熊 隆之氏(ヤマテン代表)

司会:近藤 謙司氏(アドベンチャーガイズ代表)


ひっそり私が運営に携わっております、秋の夜長にぜひご参加いただけたら嬉しいです。

山研委員 わだこ記

2020年5月17日

フランスが登山再開・その詳細は?

フランスでは、5月11日から外出制限が緩和されましたが、登山再開についてもスポーツ庁(っていうのかしら?Ministere de Sports)から発表されました。


5月のある日の風景

フランス語ですが、ご参考まで(登山関係は52ページ)
(ちなみに、Randonnee はハイキング、escaladeがクライミングのことです。)

超ざっくりですが、
・日帰りのみ(宿泊はテント含めなし)
・ギアは共有しない
1.5mの距離を保つこと。

などがポイントのようです。
なお、フランスでは移動が100km以内に制限されていることにも留意が必要です。
また、これは6月2日までの期限つきで、その後のアップデートが待たれます。
(不確定ですが、6月1日にガイド登山再開、6月中旬に山小屋再開の予定)

それにしても興味深いのが、Ski de randonnee の項目があったり、目次からももんわり察せられますが、いろんなスポーツについて細かく書いてあるところです。

登山が文化ととらえられていて、かつ文化を大切にしているフランスならではだなぁと感じます。(そもそも、スポーツ庁があって、登山もカバーしているのがすごいですよね。)

昨今のコロナ禍では、人権の制限と公共の福祉について、多くの人が真剣に考えることになったと思います。
そして、登山は自由なんだから個人の判断に任せるべき、という人ももちろんいるでしょうし、国がガイドラインを示してくれたほうがわかりやすい、という人もいるでしょう・・。

何が正解かわからないですし、だからこそ、私たち山研もこれから、そのタイミングや、開所して宿泊を含めた利用を受け入れていく際にはどうしたらいいんだろう、と頭を悩ませ続けています。

山研委員 わだこ記

2020年4月27日

おうちで、エベレスト・トレーニング


長く続く自粛の日々・・
当初は、これもやるぞ、あれもやるぞー、なーんてはりきっていた私ですが、最近は1日の目標を、「起きたら顔を洗う」に大幅ダウングレード。

最近の私はというと、ただでさえ在宅勤務で妙に時間をとられ、家事もしなきゃ(家で息をするだけでも家は汚れるという事実)、3食分の自炊もあるし(食は最近の数少ない楽しみ・・)

と、なんか1日があっという間にすぎていく・・。

そんな中、気になるのが、みんな、おうちでどんなワークアウトしてるのーーー?ということ。。
今の私に必要なのはモチベーション!!

というわけで、今日は、エベレスト・トレーニングのご紹介です!


という、Steve Houseや、みんな大好き(?)Kilian Jornetがやっている、クライマーや山スキーヤー向けトレーニングプログラムをご存知でしょうか?
以前から世界レベルの人たちがどんなことをやっているのか、みていて興味深かったのですが、


本もでてます(黄色いのは付箋です・・)

こちらは、キリアンのようなトップアスリートも参加していて、トレーニング方法を科学的に考案・提案してくれるウェブサイトです・・。
英語だけど、読み物としてもとってもおもしろい!


で、そのUphill Athleteが、今おうちワークアウトを公開してくれています(以前は有料だったはず)。

おもしろいのが、
エベレスト(!)

と、山別にプログラムしていること。

みてみるとわかりますとおり・・
有酸素運動や体幹を鍛える運動がバランスよく組み合わされています(な上に、とってもきつい😆)
しかも、ヨガマット一枚分のスペースでできちゃうようになっているのが、さすがです。

ちなみに、いい感じに心拍数をあげてくれるBurpeeというのは、これです。
集合住宅に住んでる人は静かにやろう。





きたるゴールデンウィークに、Netflixみながらこれやるぞー!(できれば今日から・・)。
みなさんのおすすめもあったら教えてください⭐︎

山研委員
わだこ記



2020年4月5日

再び、ジョージマロリーのこと

世界で初めてエベレストに登った人は、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイです!

ーーー登山をしない人の間でも、月面に初めて立ったのはアームストロングです、というのと同じくらい、常識というか、有名な名前でしょう。

しかし、それよりも(1953年)遥か以前の1924年に、ジョージ・マロリーとアンドリュー・アービンが登頂していたとしたら?

彼らは仲間に登攀途中の姿を目撃されるも、その後行方不明になり、遺体も見つからないまま、謎のままになっていました。

手がかりは、残された酸素器具と、仲間の目撃証言のみ。
果たして彼らに何が起きたのか?そして、遺体はどこに?

まるで映画のようなストーリーです。

マロリーたちの遭難は、謎が謎を呼び、語り継がれ、研究されてきました。
そしてついに、ジョージ・マロリーの遺体はその3/4世紀後、すなわち75年後に、マロリー調査遠征隊によって発見されたのです。

今でこそ、多くの人が目指すようになったエベレストですが(去年5月の登頂シーズンの渋滞写真は記憶に新しいところです)・・

マロリーのエベレスト登攀のストーリーは、当時のクライマーたちのアルピニズム・スピリットに胸を打たれますし、登山装備も交通も何もかも、現代と比べるととても不利なのだけれど(マロリーたちの登攀は、インドのダージリンから入って徒歩)、それがまた、登山というより大冒険ストーリーのようで、本当に本当にかっこいいです。。


英語しかないですが、Youtubeの映像。遺体を発見したのはアメリカ人のConrad Anker

↓前のブログにも書きましたが、この本は本当にオススメ(神長さん、勧めてくださってありがとうございました)。
ラストは、なぜか涙が止まりませんでした・・。




本の最後の謝辞には、なんと我らがJAC・古野会長の名前も・・😍
ぎゃっふんだ!

このネタは、まだまだ、続くーー

山研委員 わだこ記

2020年4月3日

山岳史上、最も壮大で美しいミステリー

すでにご案内の通り、山研の利用開始が延期になり、ブログに書く上高地ネタも枯渇気味の(それでなくても、だいぶサボっていた)当さんけんブログです。

しかし、ペンは菌よりも強し。

今後、家で溜まりまくる鬱憤に比例して更新していく所存。

山研委員長(ちょっと前まで新米委員でしたが委員長になりました!)の裁量で笑、上高地や山研に関係ないことでも、書き散らかしていこうと思います。

さて、今回は、唐突に、ジョージ・マロリーについてです。
なぜなら、この本を読んだから。

そして謎は残った―伝説の登山家マロリー発見記


なぜか日本では、山に登る理由の問いの答えとして「そこに山があるから」と訳されて引用されることが多いですが、「(なぜエベレストに挑戦するのかと問われて)Because its there (エベレストがそこにあるから)」と言ったあのマロリー。

2020年は日本人エベレスト登頂50周年ということで、エベレスト関連を調べているうちに、この本を知りました。

私がマロリーについて知っていたのは、上述の有名な言葉と、エベレストで遭難死したということ。
しかし、マロリーが、なぜ世界中のクライマーから今もなお憧れられているその理由はわかっていませんでした。

さて、山を、そしてマロリーをよく知る人には、「Because its there」よりもこの言葉の方がしっくりくるのではないでしょうか。


People ask me, 'What is the use of climbing Mount Everest?' and my answer must at once be, 'It is of no use.'There is not the slightest prospect of any gain whatsoever. Oh, we may learn a little about the behaviour of the human body at high altitudes, and possibly medical men may turn our observation to some account for the purposes of aviation. But otherwise nothing will come of it. We shall not bring back a single bit of gold or silver, not a gem, nor any coal or iron... If you cannot understand that there is something in man which responds to the challenge of this mountain and goes out to meet it, that the struggle is the struggle of life itself upward and forever upward, then you won't see why we go. What we get from this adventure is just sheer joy. And joy is, after all, the end of life. We do not live to eat and make money. We eat and make money to be able to live. That is what life means and what life is for.
George Mallory

「エベレスト登攀に何か「効用」があるのかと問われれば、私は「ない」と答えざるを得ない。(略)
人の心の中にあるこの山にチャレンジしたいという衝動や、人生を通じて高みへ、高みへともがくことを理解できないのであれば、なぜ我々が進むのかはわからないだろう。この冒険から得られるものはただの純粋な喜びであり、喜びとは、突き詰めれば、生きることの最終形でもある。
我々は食べるため、お金を稼ぐために生きているわけではない。私たちは生きるために食べて稼ぐのだ。それこそが人生が意味することであり、生きることの目的でもある。」
(参考訳です・・)

このマロリーの言葉は、山に自由に行けない今だからこそ、深く自分の中で響きました。
自分がどのように生きていきたいのかーーーこれまで山が教えてくれたヒントを、皮肉にも、この不自由な日々に思い出す最近の私です。

ああ、長くなってしまいました。本の内容については、次の記事で!

山研委員 わだこ記

2019年3月13日

Dear Alison --- 偉大な女性クライマー Alison Hargreavesのこと


引き続き、Tom Ballardにまつわるあれこれについて。

Tomは、現代で最高のクライマーであったと同時に、世界初の女性として単独無酸素エベレスト登頂を成し遂げたAlison Hargreavesの息子としても知られています。
(それ以前の単独無酸素登頂は1980年のメスナー)

Alisonは、33歳の時に1995年5月にエベレストに登頂したその3ヶ月後、次に向かったK2を下山中に悪天候の中、家族を残して命を落としました。遺体は今も見つかっていません。Tomが6歳の時でした。

Alisonと幼い頃のTom、妹のKate(写真はBBCより)


Alisonは若い頃から登山に熱中し、早くから素晴らしいクライマーとしての頭角をあらわしました。
6大北壁をソロで一夏で成功させたり(そして、息子のTomは同じことを2015年に一冬で成し遂げました)、1988年にはTomを妊娠して5.5ヶ月の時に、アイガー北壁にも登っています。

Alisonは、妊娠中にアイガー北壁を登った時も、そしてその死後も英メディアを中心に批判にさらされました。幼い子ども2人を残してエベレストやK2といったリスクの高い登山をしていたからです。
(でも、私は言いたい。男性のクライマーがたとえ
乳幼児を置いて何かに挑戦しても批判されるなんて聞いたことない。)

彼女のモットーは、"It is better to have lived one day as a tiger than a thousand days as a sheep."(1000日を羊のように生きるより、1日を虎のように生きた方がいい)だったといいます。
この言葉は、とてもAlisonらしく、そしてTom Ballardにも受け継がれていたように感じます。

 
最後に、私の好きなビデオ。
(日本語字幕付きのものが見つけられなかったのですが、英語のキャプション付きでぜひ)

"Dream Crazier"  NIKEの広告なんですけど・・


これを見るたびに、私はきっと、Alisonのことを思い出すと思う。

Dear Alison, I admire you so much  as a woman who lived your days as a tiger, and dreamed crazy.



参考記事:BBCウェブサイト
https://www.bbc.com/news/uk-scotland-highlands-islands-47414944 
Rock and Ice記事
https://rockandice.com/climbing-news/memories-of-alison-hargreaves/

山研委員・わだこ記

2019年3月10日

(海外ニュース)英国クライマー Tom Ballardの遺体が発見される

今回は、唐突ですが、ナンガパルパッドでの遭難が報じられていた英国のクライマーTom BallardとイタリアのDaniele Nardiの遺体が発見されたことについて書きます。
(今後、このブログでは、上高地に限らず、山に関することを、特に海外情報も含めてアップしていきたいと思っています。)

BallardとNardiは、ナンガパルパッド登頂を目指していましたが、2月24日以降6300m地点からの交信が途絶えていました。ヘリ捜索は悪天候、それからインドとパキスタン間の国交の事情でなかなか進まず、ドローンの活用も試みられていました。

その後捜索は一度中断されましたが、とうとう昨日、上空から2人の遺体のシルエットが確認されました。(現時点でまだ遺体は回収されていません。)
https://www.bbc.com/news/uk-england-derbyshire-47509067
(写真はBBCウェブサイトより。Tom(左)、Daniele(右)

Tom Ballardは、2015年にヨーロッパアルプスの6大北壁をソロで、それも一冬で成功したクライマー、Daniele Nardiも、何度も冬のNanga Parpat登頂を目指していた著名なクライマーでした。

ご遺族や仲間の気持ちを思うと、言葉になりません。
心からご冥福をお祈りします。

今回の件で、海外メディア、特に英国メディアの報道姿勢には少し驚きました。
特にBBCやGuardianは連日捜索のアップデート情報を報道しており、英国の登山文化の一端を垣間見たように思います。
日本人クライマーが同じように遭難していたら、日本のメディアはどう報道していたかしら。


山研委員・わだこ記

2018年8月19日

近代登山を「発明」したのは、なぜ英国人だったのか (2) 考察編

前回、近代登山の黄金期に英国人が活躍したことをデータでお示ししました(こちら)。
それでは本題です。なぜ、英国人だったのでしょう?
  

(1) 歴史的背景 - 欧州における革命 

消極的な理由ではありますが、英国を除く欧州諸国は、19世紀は政治的に不安定な時期であり、登山をしている場合ではなかったという点が挙げられます。

19世紀半ば、欧州では1848年革命、または「諸国民の春」に代表される革命が、各地で起きています。

*各国の例 
スイス
1848年 ゾンダーブント戦争(スイス国内における内乱))

フランス
1832年 6月暴動
1848年 2月革命 

その他、イタリア、ドイツ、オーストリアでも民衆による革命が起きています。

一方の英国はというと、1760年代に始まった産業革命の影響が1830年代にゆっくりと広がり、議会政治と民主主義が発達していった頃です。

(2) 社会的背景 産業革命による新しい階級の台頭


英国でいち早く起きた産業革命は、新しい社会層、つまり中流階級(middle class)を生み出しました。
これまでの貴族階級でもなく、労働階級でもない、新興ブルジョワジーたちは、経済的にはパワーを持っていたけれど、新興階級ゆえに社会的な地位は確立していませんでした。

そこで彼らは、自分たちの階級の存在意義やアイデンティティを示すために、未踏峰の山に向かったのです。

当時(1857-1876年)の英国山岳会会員の職業をみると、弁護士や実業家、学者が多いです。

参考:内訳図表


余談になりますが、英国では、この、いわゆるUpper Middle Class出身者が近代登山の担い手であったことが、英国山岳会がエリート主義で排他的な団体であることにつながっていると思われます。
英国山岳会と対照的に、その後発足したオーストリアやドイツ山岳会は、多くの会員を受け入れています。(英国山岳会は13000フィート(約4000m)以上の山に登っていないと入会資格がありませんでした。)


(3)精神的な側面- 英国の帝国主義


上記(2)に述べたように、新・中流層は、自分たちの社会的存在意義を示すことが登山のモチベーションの一つになりました。
ですから、英国人アルピニストたちは、当時の大英帝国の植民地主義に対抗するかのように、自分たちの名をあげるような登山、未踏峰を「制覇」するような登山を目指しました。

それを踏まえると、ヨーロッパ・アルプスの登頂記録や紀行文をみると、「Conquer (征服する、獲得する)」 やVictory(勝利)、Defeat(打ち負かす)といった勇ましい表現が多いことに気づきます。

私が敬愛してやまない槙有恒氏だったら、絶対に使わなかった言葉だと思います


(4) 物理的背景 - 交通の整備と余暇の創出


鉄道ができて、アプローチがしやすくなったことも実質的な要素として挙げられます。
英国から海を越えて欧州大陸に来ることが以前よりも容易になったわけです。

そして、産業革命による工業化は「余暇」という概念ももたらしました。経済的な余裕ができて、余暇にスポーツをして旅をする人が増え、そして純粋な楽しみとしての登山をする、という習慣が根付いたのです。

以上のように、英国人が近代登山で活躍した背景を挙げましたが、その背景には、スイス人やフランス人をはじめとしたガイドの存在は大きく、特筆すべきでしょう。
が、それは長くなるのでまたの機会に!


参考文献


新米山研委員 わだこ記


2018年8月14日

近代登山を「発明」したのは、なぜ英国人だったのか (1) - データ編

以前ご紹介した「ウォルター・ウエストンと上條嘉門次」を読んでいた過程で疑問がわきました。
19世紀後半の近代登山の黎明期に英国人の活躍が目立つのは、なぜなのでしょう?なぜ、地元のスイスやオーストリアの人ではなかったのでしょう。

全く関係ないですが、飯豊に行きました

かの島国はとても平らで、最高峰は1,344m(Ben Navis)です。
近代登山の黄金期をつくった人たちは、たいそうFlatな島から海を越えてヨーロッパアルプスを目指したことになります。


*本ポストは、下記の記事を参照しています。
参考文献

***著者に翻訳・引用の許可を得ています。


英国人の活躍

実際に、英国人が近代登山にどのように関わったのか、数字で見てみましょう。

データその1
1786-1878年の間のモンブラン登山: 
1位 英国 448回、57.4
2位 フランス 132回、16.9%
3位 アメリカ 76回、9.7%
(スイスは39回 5%)
*1852-1857年に限れば、64パーティ中、60は英国)

データその2
1854−1865年(= アルプス黄金時代)の間、ヨーロッパ・アルプスの4000m峰のうち、英国人が初登頂をなしたのは、31、その他は4
4000m峰に限らない場合、槙有恒氏「私の山行」によると、140座のうち、70以上が英国人。

近代登山とは?

上記データその2では、アルプス黄金時代として1854−1865年に区切っていますが、この期間がいわゆるアルプスの初登攀がなされた黄金時代と言われています。
1865年=E. ウィンパーがマッターホルンに登頂した年、でわかりますが、では、1854年というのは?

答えは、アルフレッド・ウイルスによるヴェッターホルンの登頂の年です。

1786年のモンブラン登頂以降、1854年までにも多くの山が登られましたがそれらの多くは、植物採集やら氷河の研究、など、自然科学の研究を理由に登られており、純粋に楽しみ・スポーツとしての登山は、ウイルスが初めてだったからと言われているためです。
・・・輝く黄金時代って、なんにしても短いものですね。。

では、やっと本題に戻ります。

なぜ、イギリス人だったのでしょう?
考察編に続く~!


新米山研委員・わだこ記