2020年4月8日

1ヶ月何しよう?!

皆様もすでにご覧になった方も多いと存じますが、緊急事態宣言の発令に伴い、山岳会からもお知らせが。

山に行けないストレスを感じてる方も多くいらっしゃることでしょう。
(今の状況にストレスを感じていない人なんて、いないと思いますけど)

でも、山を日頃から楽しみ経験を積んでいる私たちは、こんな状況だからこそ、「強い」のだと私は日々感じています。

山に行くときは、天候他の条件変更を想定してPlan Bを立てる経験は、制限が多い状況下でも、今の条件でできること・したいことはなんだろう?と考えるのに応用できそうです。

山に行く時の食料計画は、私の今の生活で計画的に食事の献立を事前に考えることにとても役立っていて、スーパーで無駄な買い物をしないですんでいます。

私にとって人生でこんなに長い休み(って上司にこれ見られたら怒られる笑)は学生のとき以来あだから・・・。
この1ヶ月で何をしよう?って、妙にワクワクしている自分がいるのも事実です。
1ヶ月続けたら、大層なことが成し遂げられそう!

私は、毎日語学のドリル(学生な気分!)、あとは、新しい料理レシピに挑戦すること、毎日友達に電話しておしゃべりすることをまずは決めました。


経済的な不安、生活の不安、いろいろありますけど、ありすぎですけど、なんか、終息後には楽しいことしか起きない気がしている。。。!

こんな呑気なことを言っていられるのも、ひとえに医療や流通、その他生活を支えてくださる方々のご尽力があるからこそです。感謝の気持ちを忘れずに、毎日を過ごしたいと思います。


山研委員
わだこ記 

2020年4月5日

再び、ジョージマロリーのこと

世界で初めてエベレストに登った人は、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイです!

ーーー登山をしない人の間でも、月面に初めて立ったのはアームストロングです、というのと同じくらい、常識というか、有名な名前でしょう。

しかし、それよりも(1953年)遥か以前の1924年に、ジョージ・マロリーとアンドリュー・アービンが登頂していたとしたら?

彼らは仲間に登攀途中の姿を目撃されるも、その後行方不明になり、遺体も見つからないまま、謎のままになっていました。

手がかりは、残された酸素器具と、仲間の目撃証言のみ。
果たして彼らに何が起きたのか?そして、遺体はどこに?

まるで映画のようなストーリーです。

マロリーたちの遭難は、謎が謎を呼び、語り継がれ、研究されてきました。
そしてついに、ジョージ・マロリーの遺体はその3/4世紀後、すなわち75年後に、マロリー調査遠征隊によって発見されたのです。

今でこそ、多くの人が目指すようになったエベレストですが(去年5月の登頂シーズンの渋滞写真は記憶に新しいところです)・・

マロリーのエベレスト登攀のストーリーは、当時のクライマーたちのアルピニズム・スピリットに胸を打たれますし、登山装備も交通も何もかも、現代と比べるととても不利なのだけれど(マロリーたちの登攀は、インドのダージリンから入って徒歩)、それがまた、登山というより大冒険ストーリーのようで、本当に本当にかっこいいです。。


英語しかないですが、Youtubeの映像。遺体を発見したのはアメリカ人のConrad Anker

↓前のブログにも書きましたが、この本は本当にオススメ(神長さん、勧めてくださってありがとうございました)。
ラストは、なぜか涙が止まりませんでした・・。




本の最後の謝辞には、なんと我らがJAC・古野会長の名前も・・😍
ぎゃっふんだ!

このネタは、まだまだ、続くーー

山研委員 わだこ記

2020年4月3日

山岳史上、最も壮大で美しいミステリー

すでにご案内の通り、山研の利用開始が延期になり、ブログに書く上高地ネタも枯渇気味の(それでなくても、だいぶサボっていた)当さんけんブログです。

しかし、ペンは菌よりも強し。

今後、家で溜まりまくる鬱憤に比例して更新していく所存。

山研委員長(ちょっと前まで新米委員でしたが委員長になりました!)の裁量で笑、上高地や山研に関係ないことでも、書き散らかしていこうと思います。

さて、今回は、唐突に、ジョージ・マロリーについてです。
なぜなら、この本を読んだから。

そして謎は残った―伝説の登山家マロリー発見記


なぜか日本では、山に登る理由の問いの答えとして「そこに山があるから」と訳されて引用されることが多いですが、「(なぜエベレストに挑戦するのかと問われて)Because it’s there (エベレストがそこにあるから)」と言ったあのマロリー。

2020年は日本人エベレスト登頂50周年ということで、エベレスト関連を調べているうちに、この本を知りました。

私がマロリーについて知っていたのは、上述の有名な言葉と、エベレストで遭難死したということ。
しかし、マロリーが、なぜ世界中のクライマーから今もなお憧れられているその理由はわかっていませんでした。

さて、山を、そしてマロリーをよく知る人には、「Because it’s there」よりもこの言葉の方がしっくりくるのではないでしょうか。


“People ask me, 'What is the use of climbing Mount Everest?' and my answer must at once be, 'It is of no use.'There is not the slightest prospect of any gain whatsoever. Oh, we may learn a little about the behaviour of the human body at high altitudes, and possibly medical men may turn our observation to some account for the purposes of aviation. But otherwise nothing will come of it. We shall not bring back a single bit of gold or silver, not a gem, nor any coal or iron... If you cannot understand that there is something in man which responds to the challenge of this mountain and goes out to meet it, that the struggle is the struggle of life itself upward and forever upward, then you won't see why we go. What we get from this adventure is just sheer joy. And joy is, after all, the end of life. We do not live to eat and make money. We eat and make money to be able to live. That is what life means and what life is for.”
―George Mallory

「エベレスト登攀に何か「効用」があるのかと問われれば、私は「ない」と答えざるを得ない。(略)
人の心の中にあるこの山にチャレンジしたいという衝動や、人生を通じて高みへ、高みへともがくことを理解できないのであれば、なぜ我々が進むのかはわからないだろう。この冒険から得られるものはただの純粋な喜びであり、喜びとは、突き詰めれば、生きることの最終形でもある。
我々は食べるため、お金を稼ぐために生きているわけではない。私たちは生きるために食べて稼ぐのだ。それこそが人生が意味することであり、生きることの目的でもある。」
(参考訳です・・)

このマロリーの言葉は、山に自由に行けない今だからこそ、深く自分の中で響きました。
自分がどのように生きていきたいのかーーーこれまで山が教えてくれたヒントを、皮肉にも、この不自由な日々に思い出す最近の私です。

ああ、長くなってしまいました。本の内容については、次の記事で!

山研委員 わだこ記